聞名寺文書(もんみょうじもんじょ)
聞名寺は、室町時代の初め頃、美濃に初めて開かれ、長い間 飛騨高原郷で勢力を拡大したが、応仁2年(1468)に新しい布教の地を求めて越中婦負郡に出て、八尾に寺を建立したのは天文20年(1551)のことである。
坂から見上げる堅固な石垣や本堂の重畳な屋根、南側の崖などに聞名寺の厳しい歴史的立場をみることができる。
特に『聞名寺桐山聞名寺由来』・『飛州末寺覚』から、聞名寺の美濃時代の動静を、また、城生城主斎藤一靏の寺領寄進状、豊臣秀吉の朱印状、前田利長の礼状などに、寺院が単に宗教的な役割だけでなく、政治的・文化的・社会的役割を果たしていたことを示してくれる。
坂から見上げる堅固な石垣や本堂の重畳な屋根、南側の崖などに聞名寺の厳しい歴史的立場をみることができる。
特に『聞名寺桐山聞名寺由来』・『飛州末寺覚』から、聞名寺の美濃時代の動静を、また、城生城主斎藤一靏の寺領寄進状、豊臣秀吉の朱印状、前田利長の礼状などに、寺院が単に宗教的な役割だけでなく、政治的・文化的・社会的役割を果たしていたことを示してくれる。
指定・種別 |
県・有形文化財(書跡・典籍・古文書)
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員数 |
95点
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指定年月日 |
昭和40年10月1日
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所在地 |
富山市八尾町今町1662
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所有者・管理者 |
聞名寺
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問合せ先 |
聞名寺
076(455)2028 |
詳細関連情報 | |
地図 |